IoT系男子~Going concern for AI society~

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【高校野球児とローマの奴隷】

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ふと思った。
なぜ、こんな暑い中夏の高校野球予選があるのだろう?

暑い中だと、コンディションの調整が困難だし、 観客にとっても疲れるし、熱中症のリスクがある。 そしてなぜ甲子園は春・夏にあるのか?
気候的にも、間隔的にも夏ではなく、秋のほうが良いではないか。 大いなる矛盾がある。

①利益のため 夏に甲子園があったほうが儲かる。 時期的に夏休み、お盆であり、地方から応援に来れたり、おのずと注目度が上がる。 またプロ野球ペナントレースも中盤なので、シーズン始め、終盤よりは盛り上がりにかける。 そして冬だと駅伝、サッカーの選手権大会などと重なるため、注目度も分散されるし、高校からの予算が出しづらくなる。

②根性論 「根性」は特に日本人が好きなところである。 苦しくても、我慢をして頑張る姿が美しくしいらしい。このような美徳が日本にはある。 明治維新前、戦時中に出来上がった価値観の名残りであろう。 夏の大会で熱中症になり、亡くなった球児の話はもちろん報道はされない。 海外であれば結果重視であるため、コンディションが悪い状態で、 わざわざ競い合うことを合理的ではないから理解されないだろう

つまり、高校野球ビジネスの構造は野球児本位ではなく、観客や高野連の利益や都合などのためなのだ。
簡単に言えば、社会を知らない高校生をうまく利用して利益を得て、感動して、高校生を消費しているのである。

そして、高校野球児の消費現象の根本的な精神は、ある大昔のエンターテイメントと重なる。

それはローマ時代の奴隷showである。 パンとサーカスは余りにも有名な話である。 当時のローマの権力者たちは、食事と娯楽を与えることで、内乱が起きないようにしていた。

奴隷showとは、奴隷同士にコロシアム内でサバイバルゲーム(殺し合い)をさせて、その様子を観客たちは楽しむ。 観客たちは満足感を得て、権力者は反乱を無くすという利益を得る。 そのように、奴隷たちは消費され、死亡する。 これらのことから、高校野球とローマの奴隷showの構造は同等といえる。 プレイヤーは権力者たちに消費されてしまっている。 しかし、そのことはブラックボックスにしておいて本質は見ない。 まさにこの世の不条理である。